ビールが楽しいまち・遠野から新しいビアカルチャーを。【インタビュー】

2021年2月16日

 ビール独特の香りや、爽快な苦みを生みだすホップ。半世紀以上のホップ栽培の歴史のあり「ホップの里」として知られてきた岩手県遠野市は、2015年、未来へのまちづくりとして「ビールの里構想」を掲げました。同市と連携し、まちづくりの視点からホップ栽培やビアツーリズム事業に取り組む農業法人BEER EXPERIENCE社(BE社)の取締役副社長、浅井隆平さんとツーリズムガイドの美浦純子さんに事業の経緯やツアーについて伺いました。

 

ホップ栽培日本一・遠野ならではのビアツーリズムとは

浅井さん: ビールの味と香りの決め手であり、泡立ちにも影響するホップは、ビールの魂ともいわれます。ホップの存在は知っていても、実際のホップや畑を見たことがある人はそう多くないと思うんです。このところクラフトビールブームで各地にブルワリーが増え、国産ホップにも注目が集まっていますが、遠野市は冷涼な気候と寒暖差によって、古くから良質のホップを生み出す日本一の産地。私たちが2018年に農業法人を設立し、地域と協力して栽培を始めたこともあって、生産現場を紹介し町の魅力を伝えようとツーリズム事業に取り組みました。

 

美浦さん:ビアツーリズムではホップ畑やホップを乾燥させる加工場、ビールの醸造所などを案内しながらホップからビールが出来るまでを紹介しています。特に夏場のホップ畑は圧巻。皆さん驚かれますね。条件が整えば、数メートルの高さに伸びたホップのカーテンに囲まれ、ビールで乾杯しながらランチをするなど、特別な体験も用意しています。
 夜のツアー「遠野ナイトビアホッピング」では、私たちガイドと一緒に地域のクラフトビアバーや居酒屋などの飲食店をまわり、地元料理とビールのペアリングを楽しんでもらいます。私のおすすめは、スペイン原産の「パドロン」の素揚げ。シシトウに似た野菜で、スペインのバルではビールとの相性ぴったりの定番のおつまみです。実はわが社の社長の吉田(敦史氏)が2012年に日本で初めて遠野で栽培を始めた野菜。まだまだ珍しいですが、大型ハウス栽培を始めたことで全国に出荷し始めているのでビアバーなどで体験した人もいるかもしれませんね。ほかには、バケツを使って焼くこの地域独特のスタイルの「遠野ジンギスカン」が人気です。
 ちょっと面白いのが冬の積雪の時期にヘルメットを被って飲み歩くルール。万が一転んだときの安全策でもありますが、ユニークでインスタ映えするせいか、これが意外にウケているんですよ。極寒の気候もこの土地ならではの体験だし、飲食店や酒販店など地元の人との出会いも特別な思い出になるようです

夏場のホップ畑。

ヘルメット着用で町内を飲み歩くナイトホピイングの様子。

 

ホップを市民の誇りに。ビールでまちづくり

浅井さん: 私たちBE社は農業法人としてホップ、パドロンの栽培や加工、ビアツーリズムをおもな事業としていますが、遠野の皆さんと一緒に描いている未来は、世界中から人が集まって、ホップ生産者や醸造家も一緒に地元の食材を囲み、遠野産ビールで乾杯する。そんなにぎわいのあるまちづくりです。
 もともとは、当社社長の吉田がパドロンに目を付け、遠野の新しい特産物にしたいと立ち上げたプロジェクトがきっかけ。2013年に私もキリン株式会社社員として参加した被災地の農業支援プロジェクトでしたが、岩手出身で震災後の故郷が気になっていたこともあり、吉田社長の人柄にも惹かれて、一緒に特産品への取り組みを進めることになったんです。行政も巻き込み、仲間を増やしたいと遠野市役所に相談に行くと、農業をするならホップも作ってくれないかと打診されました。耕作面積日本一の「ホップのまち」ではありますが、高齢化と後継者不足で生産者が減り続けている課題があったんです。
 そこで、ホップとビールでまちの魅力をブランディングし、ビールのお供のパドロンも一緒にPRしていくことを考えました。
 一方でキリン株式会社では、半世紀に渡って遠野産ホップで商品づくりをしており、2007年から「TK(遠野キリン)プロジェクト」としてビールと地域の食材の魅力を発信。遠野ホップビールのファン向けの収穫祭ツアーなどを開催し、遠野のホップ産業を盛り上げようとしていました。ビールの里構想においては、まず地元市民に遠野にホップがあることを誇りに思って欲しい…という思いがあり、市とキリンビール、私たちで、地元の人が参加できる「遠野ホップ収穫祭2015」を開催しました。試行錯誤はありましたが、その後は2019年まで5年間、毎年来場者が増え、全国から遠野のビールを目当てにファンが訪れるようになりました(2020年は新型コロナウイルスの影響で中止)。盛岡駅から臨時列車が出るほどで、町の人にとっても楽しみなイベントになったんです。
 ここで力を合わせた経験が行政と企業が連携したチームへと繋がり、ビールに関わる産業を育てるまちづくり「ビールの里構想」が生まれました。その後は思いを同じくする仲間を募り、2018年5月地域の素材を生かしたクラフトビール製造の遠野醸造が誕生。わが社での研修を経て若いホップ農家も誕生しました。ホップだけで生計が成り立つ、持続可能な地域農業に育てるために、2020年には機械を輸入し生産効率の良いドイツ式の農法に挑戦。遠野の気候条件と照らし合わせ、農法の検証を続けています。

コロナ禍ではオンラインツーリズムを開催。
2020年6月にホップ畑を案内。84人の参加があった。

 

新たな繋がりを生んだオンラインツーリズム

美浦さん: 2020年は新型コロナウイルスの影響を受け、予定していたツーリズムやイベントは中止になりました。ホップ畑の現状やパドロンの魅力を伝えるビアツーリズムの役割の大切さを感じ、4月からyoutubeやzoomを利用し、畑の様子や生産者の声を伝えるオンラインツーリズムや、地域の食材とビールを送って一緒に楽しむ飲み会を開催。大変な状況の中でも、遠くにいるファンの皆さんにアプローチできたのは大きな収穫でした。発想を切り替え、「今」を発信し続けることで「いつかまた/いつかぜひ、ホップ畑で乾杯したい」という新しい形での繋がりを育てていけると実感しました。

 

浅井さん: ゲストから話を聞いてホップについて学んだ回もすごく盛り上がりましたね。世界には100種類くらいホップがあって、まだまだ知られていないことがたくさんある。ビールを面白くするのはホップなんですね。そういう意味でも日本のビールはまだまだ成熟の途中。日本一のホップの産地から「世界一ビールが楽しい町」としてビールの可能性を発信し続け、新しいビアカルチャーを創っていきたいと思っています。

◆浅井隆平(あさい・りゅうへい)
キリンビール株式会社 企画部 主務 兼BEER EXPERIENCE株式会社 取締役 副社長。2003年キリンビール株式会社に入社。2018年より岩手県遠野市にて、新農業生産法人 BEER EXPERIENCE株式会社を設立し、取締役副社長に就任。岩手県出身。

 

◆美浦純子(みうら・じゅんこ)
愛知県名古屋市出身。2018年地域おこし協力隊として遠野市に移住。明るい性格とビール関連イベントをはじめとした接客・販売経験を生かし、BE社ビアツーリズムガイドに。

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